ドラマ『アンナチュラル』第8話ネタバレ感想。帰るべき場所はどこか?

アンナチュラル第8話

ドラマ『アンナチュラル』第8話についてレビューしていきます。

 

 

ドラマ『アンナチュラル』第8話のあらすじ

 

Unnatural Death #8 遥かなる我が家

雑居ビルで火災が発生し、UDIに10体もの焼死体が運ばれてくることに。遺体は黒く焼けこげていて、全員が身元不明の状態。ミコト(石原さとみ)、中堂(井浦新)らUDIメンバーは、ヘルプとして来た坂本(飯尾和樹)の手も借りながら次々と解剖を進めていくが、身元判明は困難を極める。

一方で、神倉(松重豊)は将棋の師匠として慕っているごみ屋敷の主人(ミッキー・カーチス)の元を訪ねていた。彼の妻は1年半前に亡くなりUDIで解剖されたが、今も死を受け入れられずにお骨の引き取りを拒否しているのだった…。

解剖の結果、ミコトは9番目の遺体が焼死する前に後頭部を殴られていた可能性があると指摘。腰にはロープで縛られていたような皮下出血も見つかり、単なる火災ではなく殺人を隠すための放火だったのか…?と疑念を抱く。
また火災現場で唯一助かった男がいることも判明。その男が入院していたのは、六郎(窪田正孝)の父・俊哉(伊武雅刀)が勤める病院だった。俊哉はUDIを訪ねてきて、男の病状を伝えるとともに、息子を解雇してほしいと申し出る…!!

 

 

以下、ネタバレありの感想レビューです。

 

 

 

 

 

 

 

 

ドラマ『アンナチュラル』第8話の感想

 

 

第8話でメインとなるのは雑居ビルで発生した火災事件です。

10体もの身元不明の焼死遺体がUDIに運び込まれます。

そのうちの1体の遺体の後頭部に打撲の跡がありました。

火災現場では何が起こったのか、なぜ火災が起こったのか。

それを解き明かしていくことが第8話の命題となります。

 

『アンナチュラル』はどのエピソードもクオリティが高く素晴らしいのですが、中でもこの「第8話」は白眉です。

メインプロットである雑居ビル火災事件を巡る謎と結末そのものもとても感動的なのですが、とにかく第8話を俯瞰してみると、その構成の巧みさに驚かされます。
複雑なプロットが有機的に絡み合い、テーマを形成する構造はもうため息が出るほどすごい。

 

メインプロットとして雑居ビル火災事件を扱いながら

  • 奥さんを亡くしたゴミ屋敷のヤシキさん
  • 六郎と父の確執
  • 神倉所長の過去とUDIの設立理念
  • ミコトを心配する養母

などの要素がパズルのように複雑に機能していきます。

 

これだけ様々な要素を盛り込み、それらを余すことなく適切に処理した上で、最終的なテーマを浮かび上がらせる。
これは並みの作家では到底不可能なことです。

この第8話は、もはや“正味45分間の芸術”です。
それぐらい完成度の高い非常に優れた脚本です。

 

 

雑居ビル火災事件

 

まずは、メインプロットである雑居ビル火災事件を見ていきます。

後頭部に打撲痕のあった遺体は、銃槍から前科があることが判明し、そこから身元特定に至りました。

ヤクザ者の抗争、死因隠しのための放火か?

のように話が傾きかけますが

中盤で火災の原因はプロジェクターの発火事故であることが判明します。

つまり、火災そのものは放火ではなく事故でした。

 

父親からろくでもない息子と吐き捨てられた男は、帰る場所を守るために

自らの命を顧みず、仲間を助けようとしたのでした。

 

 

神倉所長の過去とのUDI設立理念

 

「神倉所長は、厚労省の役人として東北の震災で直面した問題から歯科カルテのデータベース化という理念を掲げUDI設立に奔走した」

これまであまり語られることがなかったUDIの設立経緯や理念に触れつつ、神倉所長のバックボーンに焦点を当てています。

東北の震災という日本人ならば誰もが共感をしやすいキーワードで引き込んだ上で歯科カルテのデータベース化という現実問題を提起する流れはとても自然だと思います。

また、「帰るべき場所に遺体を返す」という法医学の役割を再定義しつつ、第8話全体のテーマに絡ませています。

 

 

ゴミ屋敷のヤシキさん

 

ゴミ屋敷のヤシキさんのプロットは一見すると独立したようなパートに見えますが、第8話のテーマである「帰るべき場所」の象徴としての役割を持っています。

同時に神倉所長の人となりや「生きること・死ぬこと」への考え方を示すエピソードでもあります。

 

「死ぬのにいい人も悪い人もない。たまたま命を落とすんです。そして私たちはたまたま生きている」

生きるも、死ぬもすべては偶然だ。

でも、偶然だからこそ、たまたま生きている人間は必死に生きなければならない。

このフラットで力強いメッセージを発するのが他ならぬ神倉所長というキャラクターというのも巧いなと思います。

 

加えてこのプロットは、六郎が法医学と向き合うことの決意を後押しをする役割もあります。

 

 

六郎と父の確執

 

雑居ビル火災事件の遺体男性とその父親の関係性は、六郎と父親の関係性との対比になっています。

焼死した息子を「ろくでなし」と断罪する父親。

真っ当に医学の道を歩まない六郎を叱責する父親。

2つの親子の姿が重なります。

 

同時に六郎の父親は、法医学の対極として「命を救うための医学」を体現する存在でもあります。

 

雑居ビル火災事件の解決の一方で、六郎は父親に法医学と向き合う決意を伝えます。

通常であればここで父親が六郎を、そして法医学を認めるような流れにしてもいいはずです。

でも、『アンナチュラル』ではそうはしません。

手っ取り早くカタルシスが得られるような展開を選ばない。

すべてを綺麗に解決せず、割り切れなさを描くバランス感覚は本当に素晴らしいと思います。

 

亡くなってしまったが、父親に認められた者。

生きているが、父親に認められない者。

重なった2つの親子の明暗は分かれます。

 

確かに「六郎と父が結局和解できなかったというオチ」は、すっきりとしない結末かもしれません。

ですが、たとえ父親に理解を得られなかったとしても六郎の人生は続きます。

 

そして、六郎には帰る場所がある。

六郎はUDIで法医学と真剣に向き合うことを選んだのです。

 

ただし六郎の決意によって、同時に彼がスパイであること(あったこと)を余計に意識せざるを得なくなります。

この引っ掛かりが、第9話への緊張として機能してきます。

 

 

ドラマ『アンナチュラル』第8話のまとめ

 

様々な要素を絡ませながらも、最後まで物語の推進力を失わず、1つのメッセージに繋がる巧みさが光った第8話でした。

 

しかも、なんと。これだけではありません。

この第8話ではさらにもう1つ。

後の第9話~第10話(最終回)に繋がる重要な布石が打たれています。

 

さて、『アンナチュラル』もいよいよ終盤。

次は第9話のレビューです。